ホラーのはなし

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amphibianです
ハロウィンは 無事おわりましたね
この場合 「なにごともなかった」っていうか 「なんにもなかった」というのが正確ですが( ゚∀゚)アハハ八八ノヽノヽノヽノ \ / \/ \

……Windows10の標準IMEが「アハハ」を第一候補でこう変換することに恐怖をかんじています
恐怖 そう 今日はホラーのはなしです

季節外れ? いえいえ なにせ今日は 13日の金曜日ですし……ってリメイクするんだー オリジナルタイトルでホッケーマスクつけるのかー へーへー まあともかく欧米的には不吉ですしねー いいでしょ語りましょうよ怖い話ー


 

 

とはいえ タイムリーでもありつつ 怖い話題でもあるんですよね

 

レイジングループにホラー と冠していることについて言ってます

 

 

これまで 鈍色やトガビトが (場合によってはDMLCも) 「こわい」と評されることはあったんですよね
「こわい」という感情の動き=感動を与えられたことはよろこびつつも これらが「ホラー」であるとはあまり思っていません

ジャンルのつけかたも千差万別かとは思いつつ あえて行うなら
その作品の設計意図として 読み手にどんな感情の動き=感動を与えることが狙われているか
そこに着目するならば
「鈍色」や「トガビト」は「緊張」と「悲しみ(カタルシス)」でありましょうから
適切なジャンルは 「サスペンス」または「悲劇」かなと思っております

(DMLCは 怖い要素ちょっとあるけど 景が絶叫して逃げ出すだけでもうギャグになるんだよなあ・・・)

設計意図として 読み手にどんな感情の動き=感動を与えることが狙われているか
こう書きましたが 多くの作品において その意図が如実に表出するのが 作中主人公の感情ではないでしょうか
鏡像だ銅像だと昔書いたことがありますが 主人公のタイプに関わらずほとんどの場合 読者は 多かれ少なかれ主人公の視点に依存して情報を処理する関係上 主人公の感情というフィルターを通して作中世界を眺め その印象を世界と作品に対して持つことになります
ぶっちゃけ主人公が少しも怖がっていない(あるいは怖がりすぎてギャグになっている)作品をホラーとするのは結構むずかしいと思います
もちろんゾンビとか幽霊とか吸血鬼が出ればホラーとか 密室監禁やゲーム要素があればソリッドシチュエーションとか そういう形態で分類する方法もあると思うんですが それだと羊頭狗肉も山ほど出るので あくまで「本当のホラーと呼べるか」に従った場合 多かれ少なかれ 主人公が恐怖を感じ 恐怖と葛藤し その気持ちを読者と共有するからこそホラーたりうるのではないでしょうか
もっとも「設計意図として 読み手にどんな感情の動き=感動を与えることが狙われているか」という観点に立ち戻ると 主人公を介さずとも どんな手であれ読者に恐怖を感じさせればホラーにはなりうると思います ただ 最も安易かつ正統派のアプローチが 主人公だとおもうわけです

大介や和馬は 作中であまり「恐怖」にとらわれることはありません
「楽観視からの絶望」や「仲間を失った悲しみ」はあれど 「痛みや死や未知のものに対する恐怖」はほとんど描写されていないはずです
結果 彼らは恐怖という段階は一段乗り越えた「勇敢な主人公」となり その先にある絶望や苦悩を描画する作品 という印象を強めていると思います
そのうえで 作品に含まれつつ主人公によって克服された恐怖要素が 読者側の恐怖に対する感受性の強弱によってさまざま評価され 「この作品はこわい!」と評されることは 当然あると思います
ジャンル分け・カテゴライズは第一義には売り手側の問題ですので 読者さんがどのように受け止めどのように楽しまれようが一切問題はありません 楽しんだ方が勝ちです

とはいえ 「ホラー」と名付けてホラーを売るなら 多くの読者の方に「これはホラーだ!」と評価されなければならないのも また事実

KEMCOのノベルADVチーム初の「ホラー」であるレイジングループが どのように受け止められるだろうか?
そのことを今 ずっと気にかけています


 

前置きがながくなりましたが (前置きだったのかよ) ホラーについてはなしましょう

話す内容としては「ホラー」という語に関する雑談です(雑談かよ)

原体験のはなし

みなさんの「ホラー」の原体験は何だったでしょうか?

amphibianの場合 最初に見た「大人向けのホラー映画」は 「リング」だったと記憶しています
当時小学生で しばらく夜中にリビングに近づけませんでした
でもたぶん最初に見た「ホラー映画」は 「学校の怪談」ではないかと
あれ ものすごく怖かったんですよ
特撮のオバケがうんぬんというより 呪的トラップによって異界に閉じ込められるというシチュエーションが
その後「なぜか突然脱出できたり」 「怪しげな儀式で異界に侵入を試みたり」する点も 「法則によって計り知れない展開」や 「恐怖に自ら近づいていく」などというふうに amphibianの中ではホラー的体験として記憶されています

そのさらに前の「ホラー体験」は たぶん「ドラえもん~のび太と鉄人兵団」「ドラえもん~のび太の魔界大冒険」「ドラえもん~のび太のアニマル惑星」です
同世代の方にはきっとご理解いただけると思いますが これらには「侵略の恐怖」「追跡の恐怖」「死(石化)の恐怖」 さらに「怖い造形そのものに対する恐怖」がふんだんに込められていて それを勇気をもって克服する秀逸な作品であるがゆえに「ホラー」カテゴリではないものの 面白くも大変怖い作品だったと思うわけです
成人後 amphibianは和洋問わないホラー映画にプチハマりしたりもしまして 「マニア」とはいえないまでも 普通の方よりはけっこう見てるよってくらいには言える感じになってると思います あんまり期待せずに見ると思わぬ掘り出し物があるという点で 地雷ハンター的には楽しみの多いジャンルだと思います
しかし amphibianがものを書くときに無意識に参照しているのは たぶん原体験のほうだと思います
たぶん批評に詳しい方がおられたら amphibianというものかきのホラーの基礎工事として上記のようなタイトルが埋まっていると聞けば「あーハイハイ」と納得されるんじゃないでしょうか

そしてそのamphibianが次に書く 「ホラー」がどんなものになるかも おおよそ見当がつくかもしれませんね?
まあそれはそれ 期待に応えられるか あるいは期待を良い意味で裏切れるか どちらかになることを祈るのみです

 

ホラーとゲームの話

ところで「リング」の話が出ましたが amphibianも国産種として あと様々なJホラー系ゲームのファンとして Jホラーの遺伝子をどうにか取り込みたいと つねひごろ思っています
「リング」監督の中田秀夫さんだったか脚本の高橋洋さんだったかが Jホラーの神髄について「理解できないこと」とか「因果を無視して直接恐怖にアクセスすることができる」とかいったようなことを話されていたような記憶があるのですが(間違っていたらすみません) それは映画版「リング」のオチであるとか あるいは「女優霊」の結末に如実に表れていると思います
ネタバレがあってはならないので詳しくは語りませんが これらの作品では明らかな手のひら返しというか「そこまでの展開で積み上げたものの否定」があるにもかかわらず 見ているものが醒めないで 「は? は??? は?????」となりつつも世界に引き付けられたまま最後まで観ることとなり その後じっとりと恐怖が胸の内に広がっていく
映像や展開の衝撃よりも むしろその「不可解」こそが恐怖なのだということでしょうか
これすごくやってみたいんですが 机上の想定においては 割とゲームとの相性が悪いんですよね

ノベルゲームをただ小説だ と評される方もおられますが そうではないと思います
「ゲーム」としてプレイヤーに望まれる以上 ゲーム的な体験を得られることが期待されているのだと思うわけです
例えば小説や映画などでまま見られる抒情的で抽象的な展開および結末は ゲームでやられると大地雷扱いだと思います
ぶっちゃけ「おもしろい」が求められるのであって 
「おもしろくないけどスゲー」「おもしろくないけど感動した」はゲームでは許されないのではないかと
それはゲームという世界がまだ未成熟だとか そもそも成熟=ヘビーユーザがゲテモノ食い化しきった世界だとか いろんな見方もあるとは思いますが まあ現状としてはあまり外れていないかと思います

物語からゲーム的な体験を得るということを amphibianは 物語上で何らかの明確な目的を達成し なんらかのスコアを獲得することだと思っています
それがホラーであれば ホラーの核に対して何らかのアプローチを成功させなければならないし それで得られたスコアを作品上で否定してしまってはダメではないかと
「ゲーム」は狩猟や漁における獲物を指す言葉でもあります 苦労して獲得した「ゲーム」体験に対して 「(はく製に)すりかえておいたのさ!!(デーデッデー)」とされた際に「なにぃー!!」と悔しがりつつ面白がれるかどうか まあ……ちょっとレベル高くないです? 多くの猟師はブチギレだとおもいます
じっさい うちの作品でいえば あれだけ多くの方が 「全員生存」というかたちの 「ゲーム的な完全勝利」を (たとえ話の整合性をぬきにしても)求めたということは 大きなゲームにはそれに見合う獲得物が必要という推測の証左だとおもうんですね
たぶん 「狩ったと思った獲物が実はわが子だった・・・」とか 「狩ったと思った獲物がソモサリアン的不明物だった・・・」とか 「狩ったと思ったら階段の上に上がっていた・・・何を言っているのかry」とかのほうが 怖いっちゃ怖いとおもうんですよ
でもそれはゲームとしてはなかなか冒険的な方式だとおもうわけです

ちなみに 「ゲーム的でないホラーっぽい演出」は トガビトの1周目エンドでちょっとためしはしたんですが 個人的な手ごたえはちょっと…… ただの「お約束」にしかならなかったばかりか 多くの人が「は?(引き)」ってなった感触をたくさん受ける結果になったかなと

そのへんの反省や葛藤もありつつ レイジングループは書きました
とりもなおさず 結果はあと20日くらいあと ぜひみなさまそれぞれに ご判断いただきたいと思います

おわりに

ほんとはもっと 浅薄であることをおそれずに ホラー映画とかについて話したいなあ とかも思ったのですが すでに超ながくなっていることと そもそも需要があるのかとも思わなくもないので 今回はやめておきます
もし需要があるようなら またいずれかの13日の金曜日にでも だらだらと書いてみようとおもいます

それではまた!

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  1. 常世名 2015.11.24 11:40pm

    あれ?鈍色やトガ人って元から…
    それはそうとレイジングループは更に踏み入れそうで、楽しみでさあ

  2. 2015.11.18 7:44pm

    トガビトは、、真実がわかって生きて帰ってこれたことが報酬でした笑
    ただ、にびいろもですがトゥルーでも相当痛々しいエンド
    2周目も外伝も

  3. ru 2015.11.18 1:40am

    まあバッドだとしても何らかの救いは欲しいですよね

  4. NULL 2015.11.13 8:49pm

    鈍色やトガビトで感じたのは「残酷」とか「えぐい」みたいな感じで、デスゲーム自体も人為的に作られたものなので、あまりホラーという感じはしませんでした。
    対して、DMLCは三つ編みとか✳︎✳︎✳︎✳︎の存在とか暴走乙羽とか(美弥さんの巨乳とか)など、「狂気的」とか「ありえないもの」のように、正気度が削られるような怖さを感じました。

    ホラーゲームでいうと、よくある音とグロい画像をきなり出して怖がらせるようなのは好きではないですね(心臓に悪いので…)
    もっと徹底的にじわじわと恐怖に引きずり込むような作り込まれた話とかの方がホラーっぽいですね!(そして夢に出てくる)

    長文失礼しました!
    新作楽しみです!!

  5. LC 2015.11.13 6:58pm

    「長編はラストは必ずハッピーエンドでなくてはならない。読者にそれだけの時間つき合わせたのだから作者には読んでよかった、と思わせる義務がある。しかし、短編なら読者の拘束は短いのだから、後味の悪いものも自由に書ける」 (ジェフリー・ディーヴァー/短編集『クリスマス・プレゼント』序文より)

    イヤな現実から目をそらす、ハッピーエンド。
    現実よりもう一つ怖い思いをして、改めてゲーム外の現実と向き合う、バッドエンド。
    個人的には、どっちもあっていいだろうと思うのです。
    自分の得意と体調で、どっちの主人公に乗り移りたいかが変わります。

    長い時間付き合うゲームは、とげの少ないハッピーエンドが多くなるんだろうな、というのも解るのですが。
    たまにはゲテモノ食いもしたいよね。
    決定的な間違いを犯してみたい。
    現実じゃないところで。

  6. ヒツキ 2015.11.13 2:08pm

    これまであんひびあんさんの3つの作品をプレイして来ましたが、その中では後発の作品の方が印象に残ってます。
    それは物語の面白さというよりもゲーム性がどんどん強くなったからではないか、というのを今回の記事を読んで思いました。
    小説に近い一本道の鈍色から一捻りされた一本道のトガビト、そして複数ルートのDMLC。もちろんどれも面白かったですが、エンディングという作品の山場が多くなっていくにつれて作品に抱いた衝撃が強くなってます。
    故に今回のレイジングループは今までよりもさらに強いゲーム性を持っているようで、作品への期待が高まる一方です。楽しみに待ってます

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