ホラーのはなし/脅威・境界・恐怖・オマケで呪術について

手負いのマウンテンゴリラについてはいったん忘れてくださいね

amphibianです

ふと気づけば13日の金曜日だったためホラーについて話します

ホラーをすごく書きたいです

書きたい衝動があるというのではなく ちゃんとしたホラーを完成させて皆さまを恐怖のどん底に陥れたいです

その方法論として現在考えているのは表題のようなことです


マウンテンゴリラ理論は単純に恐怖の対象のスペックが恐怖を数値化させるものという前提からして間違っていたような気がしています
実はどんなに大したものがないものでも状況によっては恐怖にはなり得るのではないか
脅威と恐怖は関連はしているもののまた別なのではないか

ここで「脅威」を定義してみます
・自分に害を及ぼし得る(危険性)
・自分の制御から外れている(未知性・不可干渉性)
この2つを満たすもの な気がします
暗闇の中で指先がピストルを探り当てたとして それが素人であれば危険をかんじ 殺しのプロであれば心強さを感じるでしょう 物自体がリスキーでも制御できるならどうということもない 脅威ですらないならば恐怖になろうはずもない
一方で ある人にとってはまったく脅威でないものが脅威になることもあります
ミッフィーちゃんのシールがあったとして これはまったく脅威度のないものですが
それが知らないうちにポケットに入っていたらこわいかもしれません
これは「制御から外れている」の度合いが高まったゆえに「自分に害を及ぼし得る何かが起きているのでは」と想像してしまうから脅威度が設定されるのであって 未知ゆえの恐怖とはそういうことなのかな などと思いました

さてつぎに 脅威の存在は恐怖の必要条件 とかんがえてみます
脅威が存在するだけで恐怖は発生するか? マウンテンゴリラ理論を踏まえればNO
つまり 十分条件では なさそうです

では十分条件とは? 脅威がどうすれば恐怖に変わるのか?
これは「脅威と自分が同じ側にいるか」が関係していそうだと 今は考えています

世の中に恐ろしいものが大量にあることは誰もが知識としては知っていますが
それがすべて等しく恐怖の発生源となるようであれば全員心を病んでいるはずです
人間は とくに大人は 自然に自分のまわりに線を引き 自分に関係ない恐怖の発生源を「向こう側」に位置付けていると思います
「向こう側」でどんな残虐行為や不可思議現象が起きていても イヤな気分にはなれど それは恐怖の対象外です
それは不感症とか薄情とかではなく 激しいストレスから脳を守る自然な所作なのではないかと思います
ある意味この「境界を引く行為」じたいが 社会のなかで自己を保ちつつ 複雑で不条理な社会に殺されないための コミュニケーション能力であり かつ「起きそうにないこと」や「より優先して備えるべきリスク」を直感的に切り分けるための社会生存スキルである という感じがします
それが未発達な子供にとって 世にあるあらゆる脅威が恐怖となるのではないでしょうか
子供は自分が世界の中心だと観測しており それゆえに世の全ての脅威は自分を襲いうる身近な恐怖なのです

つまり
大人を恐怖させようとしたら
「脅威」に境界を越えさせ
その相手と「同じ側」に存在させなければならないのでは?

文字媒体は情報伝達手段としては迂遠なので VRホラーゲームみたいに問答無用でバケモンをプレイヤーのプライベートゾーンの内側に出現させることはできません
臨場感みたいなものを文章力でどうにかやることも重要だとして
もうひとつ必要なのは「この脅威は自分に起きうるものだ」「自分の側にある脅威だ」と思わせることです
具体的な方法論としては属性 タグによって飛ばすことが考えられるかという気がしています
読者が持っていそうな物 会っていそうな人 触れていそうな文化
そういったものと脅威を結び付けて提示することで それは「読者の側」の恐怖になってくれるのではないか

ここまで考えて わりとつまらない結論だな とも思ったのですが
ふと奇妙なことを着想しました
これは呪術ではないでしょうか

「共感呪術」はフレイザーの金枝篇で触れられています(勉強中)ですが
相手の似姿を傷つけることで相手を害することを狙うもの(類感呪術)を含んでいます
元来別のものである2つのものを類感によって接着する=境界を超える
なるほど近いような気がします
読者の属性を並べてそれに脅威を近づけることで読者を恐怖させようというのは
じつはかなり呪術的な行為なのかもしれませんね?

本当を言うとすこし考えあぐねていたことがあり
突拍子もない脅威設定をどう恐怖に落とし込むのかを考えるにあたり
途方に暮れた部分がありました
むかし書いたテキストを発掘しては「ああこの時点からあんまり進歩してないな」など思ったりも

しかし「読者を呪う」視点に立つと少し新しいものが見えてきそうです

amphibian作品では「呪い」がテーマに含まれがちで
それは多分オカルトへの興味を抱いた端緒のひとつだったからですが
最終的にそれがテーマではなく手法になるとしたら面白いですね
呪われるのを楽しみにしてみていただけると幸いです
だいじょうぶそのうち気持ちよくなるから

今回はそんなかんじです
暑さや脱水はあなたの側の脅威です
恐怖とともに対策してください
ご無理なくご安全な13日の金曜日を

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