「グロさ」を売りにしてきて思うこと

guro

とろりんの巣の下にある血飛沫は両生類が描いたのでした 

amphibianです ネタがないので ふわっとした話 します

商業で売られた初の作品が 「鈍色のバタフライ」でした
好悪とりまぜた「グロい作品」との ご評価を 頂いています

最初の企画の時点で爆発首輪でぼーんだったわけですが
そもそも人が人をぶっ殺すゲームだったわけで グロさは回避できないものでした

日本でいうグロさというのは 血だの肉だの内臓だのを見せちゃう 英語でいうゴア表現のことにとどまりません
精神的グロ という言葉で狭義に定まる 人間のとても醜い内面をことさら強調する表現も グロという言葉に 自動付与されているようにおもいます
というか 物質的にグロでありつつ精神的にすっきりさわやかというのは なかなか特殊なジャンルになってしまいますからね 某撲殺天使ちゃんとか 逆に 物質的にすっきりさわやかな精神的グロは 結構ジャンルとして成立しうるとは思いますが そうはいっても 精神的グロには すくなからずグロいものである男と女の関係とかもからみますから 潔白なのは 難しいかな

 

それはともかくとして

 

この「グロさ」を「売り物」にすることにたいして これまでクレームや酷評を いただかなかったわけでは ないのですよね

 

寛大なプレイヤーのみなさまのおかげで 弊社ノベルADVシリーズは 圧倒的な肯定的評価をうけ 支えられておりますが

「こんなグロい ひどい作品を世に出すなんて あんまりだ 反社会的だ」 という意見は 厳然と 存在しています

 

 

じっさい KEMCOはげんじょう 健全コンテンツをうたっていることもあり アドベンチャーはかなり 異質な存在ではあります

 

 

じっさいどうなんでしょうね

 

 

と疑問を書いてみましたが あくまで手を動かす雑兵のひとりとして 思っていることは いくつかあります

 


 

人間は たしかに グロを見たいのだと思います

 

 

両生類のなかには 少なくとも そういう要求はあります
同時にグロを見たくないという嫌悪感も確かにあります

 

グロいものに嫌悪感をもつことが 単純に衛生面の危険 (死体や腐肉の断片はとても不潔です) を回避する本能に起因するのは 容易に想像がつきます

また 「その苦しみを想像できない 想像するだけでとてもストレスだ」という感情も自然です 「自分はこの無残な死体のようになりたくない 同様の痛みを味わいたくない」 という これも生存本能に基づく 忌避感情が働くと考えられるからです

しかしながら グロいものを見たいということも 別に不自然な感情とは思いません

というか 人間をふくめ 動物はみんな 傷や血を見て興奮する 精神構造をもっていると思います

それはあきらかに 戦闘 抵抗 捕食といった かつて生物として避けられなかったハードな状況に対応するために 磨き上げられ そして 継承されてきた 精神構造でしょう

しかし人間は 高度に文明化 文民化された社会をつくりあげて 血を見て興奮するような状況つまり暴力下における命の危機を 可能な限り 遠ざけてきました
ある意味 そういう意味で 現代日本は 世界いちと言っていいほど クリーンな社会でしょう
もともと「ケガレ」に対して病的な(そして決して科学的に妥当でない)嫌悪感をいだいていた社会です 豊かになった社会資産を おもうぞんぶん費やして 衛生的で 安全な社会を つくりあげてきたのです

 

 

しかしながら われわれの多くは 常にこうも危惧しています
我々は 平和に慣れすぎている と

 

 

安全な社会では 攻撃的・暴力的な精神構造は容易に錆びつきます
それどころか そうした精神の片鱗でも見せてしまえば 社会の構成員としての資格に 疑問をもたれます
だから スポーツとか勉強とか 安全の確保されたルールの中で 攻撃的・暴力的な精神をもっときらきらした別のなにかに昇華することが推奨されます

でも みんな そんな方法で平和による麻痺が防止できるなんて 思っていないはずです

 

そして 想像力のある人は いくら安全な社会の中にいても 暴力や危機にさらされる可能性があることに 慢性的な恐怖感を 感じています

あるいは 安全な社会そのものが壊れてしまう可能性だって別になくはありません

そういった時に 自分の中に眠る獣性めいたものが ちゃんと働いてくれるのか

そう不安をもつことは 不自然ではないと思います

 

 

 

だから 人は グロを見たいのだ と思うのです
錆びついていた闘争本能が グロにたいしてちゃんと反応して 興奮が得られることに
あるいは グロを見ても動じない 強く鈍感な野生が自分の中に育っていることに
安心するために

 

両生類がはじめて ひとの遺体をみたのは 曾祖母のお葬式でした
とてもきれいな遺体でした
しかし 目の前にあるのが遺体だということに 遺体を見たということに とても強い衝撃を受けました

インドではその辺の道傍に餓死者の死体が転がってたり 沐浴中に水葬された遺体が流れてきたりといったことが かつて珍しくなかったそうです
かつての両生類は 自分は 生物として インドの人々より弱いと 思ったものです

いつかインドには負けちゃうんだろうか なんてね
それは実際のところ どうだかわかりませんが

 

グロいコンテンツは そういった不安を和らげるための ワクチン効果があったりするんじゃないか と 憶測するわけです

 

かといって 「みんなもっとグロを見るべきだ!」なんてことは 思ってもないです
われわれが作品を出すことは「面白い作品を楽しんでもらいたいから」であって
グロを拡散したいからでは 決してありません
これ大事だからフォント大きくしてね!! 

 

グロで興奮することをおおっぴらにすることは 安全な社会という秩序に対して ゆるやかに挑戦していると 受け取られても 仕方がないことだと 思っております

 

すでにこの清潔な社会はできてしまっていて そこに住まわせてもらっているのですから
先住者たちに敬意を払うことは 万能にして必須の 心配りに 違いないのです
先住者の秩序に異論を述べて 秩序を変えたいなら その方法はとても慎重でないとなりません
でなければ 社会悪という名前の 悪になってしまいますから

 

そして 生き残るために最善の方法は 危険を回避することだというのも 間違いないのです
危険を回避しつづけられる限り 反撃の用意をすることは 無駄あるいは逆に危険の要因ですから

 

どちらがいい悪いじゃなく 両方の立場の人がいればいいと思います
正面からぶつかっても結論は出ないし出すべきじゃない
どちらも社会に存在して どちらかが困ったとき 片方がそれとなく助けてあげられれば
それが一番ながもちする社会じゃないでしょうか

 

そのためには グロコンテンツは私室でひっそりたのしむのがいいかなとは おもいますね

 

 

ちなみに 両生類は グロをかくときに 必ず 社会に対する「本気の言い訳」を用意しています

 

「このグロは 作中で否定的なものとしてちゃんと扱っている」

 

「このグロは ばかばかしいギャグとして扱ってあり 現実のグロとは違うものだ」

 

このどちらか

 

グロを単純に礼賛したり 奨励したりするものは この会社では つくらないと きめています

言い訳といっても そう見えるように作ってあるだけで実際はグロ万歳と思ってるとかじゃなく 本気でそのようにしてある つもりです

(解釈は読者さん次第だから 強要できはしないし 「そう解釈しないのが悪い」とか「腕がないから解釈させられなかった」とか ですぎたまねは しないように こころがけたいですが)

 

いちおう 完全に反社会的なグロエンターテインメントは 同人誌でいちど志したことがありますが うまくいったかどうかわかりません それがかけるほど まだ腕が無いかも

 

とにかく KEMCO ADVチームはこんごも グロいものを作っていくと思います

 

でも ただグロいものじゃなく 何かもっと大きなものを 読んだひとに残せるよう 一生懸命 やっていこうとおもいます

これ 社会へのエクスキューズだけじゃなく ものかきとして 目指したいところなのです

教師の子としてうまれたから こんなものをかいてても

読者のみなさまの なんらかの成長のきっかけにでもなりたいって

そんな だいそれた欲望を もっているのかもね

 

 

これからも 社会に怒られないよう 自分で嫌にならないよう 折り合いをつけながら

グロにせよ せくしー要素にせよ もっと崇高ななにかにせよ

それらひっくるめて読んでよかったと 思っていただけるようなものを つくっていきたいとおもいます

 

これからも よろしくおねがいします

 


ねんのためですが これ フィクションのグロのはなしですからね!

リアルの犯罪行為は犯罪だし まったくのNO 反対の立場です!

同意の上でのビザールな行為も 両生類はかなり苦手ですし
取り返しのつかないやつは 苦手です こわいよーー!!

フィクションはフィクション!!
リアルの穏やかな日々のなかで 楽しんでほしい というのが 作者の願いです!!

こうかいても いっしょくたにされるときは されるけど!!

 


 

 

ところで RL(仮)の制作はさらに進行しております
作者がひるむほどの肉体的精神的グロさになりつつあるので 推敲段階でしっかり調整するつもりでいようとおもいます

がんばります

 

 

 

関連記事

  1. 匿名 2016.02.06 12:24am

    色々はしょって、最高です。
    同感、納得、
    少なくとも私にとっては、危機感や大切なことを
    より強く意識させられたり
    その時その時によって見つめ感じる機会があったり、
    趣味、娯楽の時間の中で
    少しずつ少しずつ感情を学びながら楽しめる
    (ゲームとしての満足度も最高)作品に出会えて感動
    感謝です

  2. 匿名 2016.02.06 12:16am

    同感です

    難しい言葉使えませんが
    グロ作品は沢山ありますが、あんひびあんさんの作品は・・・・・

  3. LC 2015.03.29 8:44am

    暴力に清潔な社会って、見ない振りでできているのかもしれませんよ?
    と、いじめられっ子は思うのです。
    平和の裏には、ボロボロのいじめられっ子とか、村八分にされたいじめっ子とか。
    鑑みられずに、蓋をされた人がいるのかもね。

    キャリア決済を調べつつ、RLお待ちしてます

    • とっく名 2015.03.29 4:18pm

      あー横槍になるけど良いか?(和馬スタイル)
      ケムコ様の続編に絡んでるかもしれないから黙ってたんだが、そういう思考の潔癖による除外てか排除による苛めてテーマは昔から研究されてる

      面倒だからやっつけで具体例出すとDMLCと被る部分あるイングランドのノーベル賞作家で、リアル元スパイのオーイェル著述の「動物農場」やら「1984年」、日本人作家好みなら「無人警察」辺り読んだら?
      あー先生すいません、急にジャックオーランタンが目の前に現れたんすよ(あくまで和馬モーション)

      • とっく名 2015.03.29 4:20pm

        あ、最近だとアニメか…
        だとすればサイ○パス一期辺りかにゃー

      • amphibian 2015.03.30 9:43am

        和馬:
        あー、言いにくいんだが俺はあんま本は読みません(どーん)
        そういうメンドクサイもんは征史郎にやらせるのが適材適所ってもんだ。
        しかし、最近じゃ下手すりゃフィクションより現実のほうがそういう適例の宝庫かもしんねーな。
        ネットを探せば、「正義」を掲げてる側の連中がどう見ても……な言動してるケース、いくらでも見つかっちまうし。
        嫌な世の中だなあ、と思うのは簡単だが、なんとか気分よく生きていく方法を考えたいところだな。

    • amphibian 2015.03.30 9:42am

      実のところ「いじめ」という問題は「社会悪を排除する」名目でしばしば行われていると思われ 「正義によって是正すべき」という論が的を外していることも多々あります 正義 健全 清浄 という言葉は結局対抗勢力に向けるための攻撃的な建て前なわけですが これを単純善だと捉えると問題の本質を見誤る とても難しい問題です

      • とっく名 2015.03.30 3:04pm

        潔癖という単純な思考さえ深刻な矛盾を抱えるので屡々現れます
        正義正論正常清浄…直ぐに思い付くこれらの発想も結局は誰かの借り物で、とりあえず対処するとか
        基軸に今の神経で向き合いながら道筋外してないなら大丈夫
        あーダレカ旨く場をまとめてくれ

  4. とっく名 2015.03.28 3:08am

    あースナッ○ビデオとか同意あろうがマジ勘弁(和馬チック)…的な思考ですね
    嗜好として頭の中で思い浮かべていい限界の線引きを予め銘記し定義して、全世代レーティングゲームを送り出しているから、真っ当な感性で作品造りされているかと
    あーそれにしても獄卒&監獄長の質問コーナーまだかな、ケチャップドバドバレベルで複数ネタ用意しているのに(チラッ)

HTMLタグはご利用いただけません。


※コメントは承認されるまで表示されません。ご了承ください。
投稿前に『サイトポリシー』もご確認ください

作品一覧(For Android&iOS)






日付から

2017年10月
« 9月    
 1
2345678
9101112131415
16171819202122
23242526272829
3031