SNOW FRAGMENT #S/E
(本コンテンツは、2014年クリスマス特別企画にて見事ベストカップルに決定した「トガビトノセンリツ」城本征史郎と萩尾恵澪奈のために特別に書き下ろされた短編小説です。あくまで外伝としてお楽しみ下さい)
10月の、ネコネコキャンプ場での一件から、ふた月半ほど経った頃のお話。
「んで? なんで音楽室にいかねーんスか」
管弦部の面々に対する冷やかしやらグチやらでひとしきり(一人で)盛り上がったのち、萩尾恵玲奈の声はどうやら僕の背中に向けられた。
「なんでも何も……よっと」
ここは管弦部の根城、第2音楽室じゃない。化学実験室だ。
彼女に背を向けたまま、僕は最後の廃液タンクを担ぎ上げる。最近は厳しくなって、高校実験レベルの廃液もそのままじゃ流せなくなった。明日、今年最後の業者が来るというので、こうして出しておかなきゃならない。pHも測らなきゃな。
そんな面倒な仕事を、僕が先生から引き受けたってわけだ。師も走る季節、弟子がのんびり遊んでいるわけにもいかんだろう、ということで。
「そーやって自分から要らねーシゴト引き受けて、逃げたんスよね?」
「いったい何を証拠に言っているのだー」
「なんでロボットダンス踊ってんスか」
「僕の隠し芸でな」
「……ツッコんでくれアピールっしょ」
エレナは鋭い。普段のギャル仲間の中では鋭さを抑えているぶん、管弦部では(特にこういう1対1のシチュエーションでは)、抜き身のナイフのような鋭さを存分に振るってくる。
別の言い方をすれば、空気を読まないのがうまい。
いいぞ。刃物遊びは僕も好きだ。
「別にいいだろ、ツッコみたい奴に対してやってるんだから」
「ン、まぁ……」
「で、答えは単純で、お前と同じだよ、エレナ」
「ハァ?」
「修羅場には巻き込まれたくない」
「……」
振り返ると、彼女は女子にあるまじき完全脱力姿勢でイスにしなだれかかっていた。この部屋はエレナにとっていかにも退屈だろう。
我らの管弦部に戻れば、部員はまだ大半が残っていて、そっちのほうがよっぽど刺激的なはず。
それでもここにいるのは、その刺激にちょっと食傷したからに他なるまい。
「……あっしさー、亮也クンのことけっこースキだったんスけど」
「そうか」
「ンー、でもなんかもう、そんなん意味ねー感じッスよね」
「それをお前も望んだから、先月あんな感じで背中を押したんだろ」
「まーねー」
「それで我々の大事な友人2名が多少救われたなら良しとする、と」
「そッスねー」
「損な役回りだな」
「んー……べっつにー……もういいんスけど……」
どうやらお姫様が論点にしたいのはそこじゃないらしい。
だらけきった風なエレナを、どうすれば適切に刺激できるか。
「現在進行中の事象についてか?」
「……へ?」
「実は和馬なら結構いけるかと思っていたとか」
「ぶほっ」
よしヒット。
「なななななに言ってんスか!? あんな顔面釘バットヤロー誰がそんな、ど、ハナっからアウトオブ眼中に決まって」
「にしても、これまでのようにはいかない、気楽におちょくったりバカ話をしたりはできない」
「……ん……」
「図星だろう。僕もそう思ってるからな」
「……せーしろは別になんもなくね? オトコ同士だし」
「少なくともあいつがあいつなりに結論を出すまでは、ある程度距離をとっとこうかと」
「甘やかすから?」
「……そうだな」
あと、結局僕の選択というのは退廃的な快楽主義に基づいてるからな。
あいつの重要な局面で助言をして、あいつのためになるかと言われると……ちょっと分からないなと、最近思うようになってきたんだ。
「まあ、何を取るにせよ捨てるにせよ、とっとと決断して落ち着いてもらいたいところだな」
「完全には元には戻らねんじゃねーんスか」
「人間関係なんて、そんなもんかもしれないぞ」
「ひゅー。クールぅ」
「かっこいいか?」
「お坊ちゃんがムチャしててカワイーってトコッスかね」
「なんてことを」
それはともかく、まあ、仕方ないことだ。
高校という居住空間の寿命は3年しかない。
交友関係を以降に持ち越したところで、全ての友人とそのまま付き合い続けるなんて難しいし、そのことの弊害だってあるだろう。
人生も人間関係も、賞味期限つきなんだ。だから楽しめる。
うまい料理ほど、食べごろは短いものだしな。
「……やっぱ、せーしろじゃなあ」
「おもちゃにし足りないか?」
「そーッスね。なんつーか、何やっても手の平で踊らされてるみてーッつーか」
「僕は脇汗大明神かもしれないが釈迦じゃないぞ」
「比較ができねーんスけど」
「あずかり知らないことなんて山ほどあるってことだ」
「あっしがココにいる理由だって知ってたじゃん」
「うーん」
まずそもそも、お前がここに来るとは思わなんだよ、エレナ。
知ってたら、化学室は回避したさ。
一方的に、僕が気まずいのだから。
「……どーかしたんスか?」
「いや。悪いな、退屈させて」
「あっしが邪魔してるだけなんでー、気にしねーでー」
「じゃあそこから全部運ぶの手伝ってくれ」
「はー!? ダリーっ!」
ちなみに今日は12月23日、天皇誕生日。
祝日なはずだが、学校行事と授業日数の関係で登校日だった。
今日終業式で、明日から冬休みとなる。
和馬の奴は、どうする気なんだろうな、全く。
「せーしろ、見て」
「おっ」
窓の外には、雪が舞っている。
「ホワイトクリスマスイブイブじゃん」
「だな」
「明日も降っかなぁ」
「朝のニュースだと、明日は0パーセントだと言ってたけどな」
部活欠勤の午後は静かで。
不意に訪れたこの機会は、うれしい反面、居心地の悪いものだった。
エレナに惚れている僕は、エレナの知らないところで彼女の人生をねじまげてしまった負い目を感じてもいる。
中学校の化学実験室で作ったもので、だ。
「……ねえ、せーしろ」
応える声は、精彩を欠いていたと思う。
「せーしろ、好きな人とかいねーんスか」
それはお前だ、と言うことに別に抵抗はないんだが。
この場所この時は、はばかられた。
3時になっても4時になっても、せーしろの作業が終わっても、あたしらは化学室を出なかった。
延々と、どーでもいいことを話した。
ぶっちゃけ大した話題もねーし、退屈だったけど、居心地は悪くなかった。
あたしがどーでもいいことを言えば、せーしろはちゃんと答えを返してくれる。
あっさりした口調で、でも手抜きとかじゃなく、ちゃんとした答え。
ちゃんとした話し相手がいるってのは、ありがたいことッスからね。
あたしのギャル友連中は、そういうのあんまないし。同意と同調が大事。
でも、しばらくしたら気付いた。
せーしろは頭イーから、いつでもどんな話でも、ちゃんとした答えを返せる。
どんな相手でも、せーしろならイー話し相手にできる。
……なんか、シャクだった。
あたしはバカだけど、そういうのは気付くし。
きっとせーしろは、あたしがバカだってこと分かった上で、色々考えて、バカに合わせて話してくれてんだろーなって。
したらなんか、ハラ立ってきて、でも話は続けたくて。
「せーしろ、将来なンなるっつってたっけ」
テキトーな話題で、噛みついてやろうって思った。
「進路の話か……」
「そーッスよ。医者とかッスか?」
「考えないでもない」
「イーじゃねーッスか。トモダチが医者とかなったらマケてくれそーだし」
「ただし産婦人科」
「キッモ!」
知り合いのオトコ友達にそんなん見られんのってサイテーじゃね?
「……あとは、政治家とか?」
「それも悪くないな」
「んならせーしろに投票してやるッスよ。知らん誰に入れたらいいか考えなくて済むし」
「少子化対策のためにコンドームを撤廃しよう」
「サイテーじゃね!?」
「このように、責任ある立場に僕をまつり上げるととんでもないことになるぞ」
「……そりゃ確かかもしんねーッスな」
だから、管弦部はカズっちが部長なんだろーし。
「で、ホントは何になりたいんスか」
「なんでもいい」
「ハぁ?」
「なんでもそれなりに楽しめるだろうから」
ここだ。あたしは喜んで噛みつく。
「頭がよろしーってのは、うらやましい話ッスなー?」
「そうかな」
外れたっぽい?
「僕はそれより、一つの事を絶対にやりとげると決めてる人間のほうがうらやましいけど」
「……ああ、そーゆー」
「多分、みんなそれなりにやってればそれなりに食っていく道は開けるだろう。でもそれで幸せになれるかは保証されない。僕の場合はそこに予防線を張ってるだけで、将来に真剣に向き合ってるわけじゃない。良い大学に入るっていうのは、単に後に選びうる選択肢を大きくしておいて、さらに決断の時間稼ぎができるってだけで、これも別に褒められたことじゃないだろう」
「……」
納得できてしまって、そのことに、さっきとは別のカンジでムカつく。
「……せーしろ、蹴っていいッスか」
「なんてことを」
「痛みも楽しめばいいッスよ」
「その手があったか」
「真面目に検討するんじゃねーッスよ……」
ああ。何だろうな、コレ。
やっぱ、ここにいちゃいけねーんじゃねーかって感じが。
あたしが場違いだってのが、居心地悪いのかな。
せーしろはやっぱ、カズっちとは違うし。
でも。
帰りたくねーんだよ、今日は。
「……僕と話してても退屈だろう。いつものギャル連中はどうしてるんだ?」
見透かされたみたいに、そう聞かれた。
「明日はイブッスからねー。みんなカレシ持ちだし、気合い入れて準備するっつって。だから何もねーッスよ」
「そんな感じなのか。なんか夜通しカラオケでも頑張るのかと思ってた」
「クリスマスッスからー」
どんな仲間の和が大事な中でも、クリスマスは、自己チューが許されンだよ。
もとは知らねーけどさ。日本じゃ、そう。
「……僕は、これ済んだら帰ろうと思ってたが」
「そッスか」
……そッスか。
少し遅れてもう一度呟いたら、なんかイライラは消えてなくなってた。
ぽっかりと。
「んじゃ、あっしも帰っかなあ」
「どこか寄るか?」
せーしろと?
そりゃまた、なんつーか、新しいッスね。
言ってはみたがアテはないのでエレナに聞くと、彼女は黙って先を歩き、やがて目的地らしき場所に到着した。
「……公園?」
住宅地の隙間にある、狭いさびれた公園。あるのは遊具とベンチくらいだ。
「あ? なんか不満ッスか?」
「いや別に、任せたのは僕の方だし、寄り道とかよりは健全だと思うけども。しかしもっと何か恐ろしいスポットに案内されるかと身構えていた」
「ギャルをナンだと思ってんだよ」
「少なくとも文化圏は違うかと」
「……みんなフツーの子らッスよ。基本いいコらで、退屈してて、勉強キライなだけ」
「そうか、考えてみたら当たり前だな」
にしても、何故公園なんだろうか。
高校から少し離れた、誰もいない、さびれた公園。
雪は継続してちらちら舞っており、当然ながら気温はかなり低い。ばかでかいマフラーを巻いたエレナの鼻の頭が少し赤くなっている。
「……それ、あったかそーッスな」
僕が被っている毛糸のニットを指して仰る。
「要るか?」
脱いでみせると、
「くひゃは、ジョーダン」
ムゲに拒否されたが、久しぶりに聞いた気のするエレナの引き笑いに少し安心する。
どうも最近、エレナが無理をして、らしくないことをしてるように思えてならなかったから。
それは、管弦部の人間関係が動いているから……というだけじゃないだろう。
「寒くない場所に移動してもいいんだぞ」
「んー、なんつーか、今は寒くなりてー気分」
おそらくは、家庭で何かしらの。
「酔狂だな。付き合おう」
「あんがと」
そのまま、2人してベンチに腰掛ける。
見上げた夕刻の冬空は暗い灰色に塗りつぶされ、無数の粉雪を吐き出し続けていた。
……何か話そうにも。
その何かが、奇妙に緊張した空気に、よからぬヒビを入れそうな気がして。
「寒いッスね」
「……」
彼女はそれでも、会話を求めていると感じた。
寒いね、という同意以上の何かを。
「エレナは、将来、何か考えてるのか?」
ならば、地雷を踏むことは恐れまい。
「……そーッスなー。バカだかんなー」
「条件は抜きにして、何になりたいか」
「んー」
エレナもまた空を見上げる。僕はそんなエレナの表情を盗み見ている。
「他人と関わらずに、一人で生きていけるシゴトって、何スかね」
「他人と関わるのがイヤなのか? あれだけ友達がいるのに?」
「他人に迷惑かけんのがヤだし、他人を信じて裏切られンのもヤだからさ」
彼女がそう思うに至ったであろう事情を、僕は知っている。
「芸術家とか職人とか、そういうのか」
僕は、怯えているのか。
「あーいいッスねー。あっしコレでも手先器用だしー」
「キャンプの時の食器作りで半泣きになってなかったか」
「……なんつーか、もうちょい体力いらねーやつなら。ネイルとか? お菓子とか?」
「菓子作りは体力勝負だぞ」
「あー、そいやーせーしろ料理できんだ」
いいッスな、なんでもできて、などと返されて、どうやら会話の方向性を誤ったことを悟る。
「……なんでも、やればできるようになる。やればいい」
「やりてーことが、ねーんスよな」
笑って言うエレナから、僕は顔をそむける。
「まあ、みんなだいたいそーじゃん? そりゃ今この瞬間は、うめーもん食いてーとか、遊びてーとかあっけど、将来これやってどうこうなりたいみたいなのって、ねーんだもん」
「主婦になりたいとかは」
「あー、ギャル友そーゆーの多いッスよ。セックスはまあ、ラクだし」
「……ラク?」
「まあ、やってりゃキモチ良くて? 相手も喜ぶし、そのうち子供できて、いちおー社会にコーケン? できて、流れで主婦にでもなりゃ、まあ人生決まんじゃん? 特に何も考えなくても、人生進んでいけっからさ。ラク」
……なるほど。合理的な、生殖を中軸とする生存戦略。
「面白い視点だな。一面の真実だと思う」
「だしょ。まー、あっしには分からんけどさ。したことねーし」
「そうか」
「そーッスよ。チューガクで処女捨て損ねた」
「捨てるようなもんでもなかろ」
「捨てるようなモンすよ。せーしろ、要る?」
「からかってるだろ」
「くひゃはは、まーね」
本気にしたら、どうせ真っ赤になってうろたえるクセに。
しかし──なんだろうな。攻める気にならない。
暦的には悪くないめぐり合わせだろうに。
拒絶されることを、僕は怖がってるんだろうか。
それも、考え方や主義主張などディープな領域での相違が原因で。
そう思わせる程度には、エレナの闇は深いし、今日はそれを、やたらと見せつけられている気がする。
あるいは、エレナに受け入れられたとして、彼女を幸せにすることなどできないと知っているから?
──彼女自身が、自分の過去から、幸せになることを放棄していると、僕が感じているから?
それならばまあ、仕方ない。
どうしようもない。
僕なんてこんなもんだ、エレナ。
何もできやしないが、それに特に不満を言わないだけ。
「僕は、帰る」
「……怒った?」
「いや、そんなんじゃない。単にそろそろいい時間だというだけ」
怒ってはいなかったが、突然の思いつきに合理性はなかったし、何をどうもっていい時間かの説明も不能だった。
「そっか」
「エレナも帰れ。雪が濃くなってきた」
「……お見通し?」
「いや。残るつもりだったのか」
「んー」
「……」
僕はお人よしなのかもしれない。
「何の事情がある?」
そう尋ねた。
ぽつぽつと、エレナが語ったところによれば。
塀の向こうにいるお父上が、今年最後の特別面会日である今日、会いたがっていたそうだ。
基本的に刑務所の面会日は平日なので、今日ならば都合が良かろうということだろう。
しかしながら、ウチは今日も登校だったわけで。
適当に暇をつぶしていれば時間切れになろう、ということらしかった。
「会いたくないのか」
「会いたくねーッスな」
「なぜ」
「……バカ親父ッスから」
「悪い親なのか」
「良くも悪くも、フツーッスね。あっしよりバカだけど、あっしより善人かも。髪染めてんのもイヤがるだろーし。電車賃も勿体ねーし。会ってもいいことねーから」
「多弁だな」
「は?」
「よくしゃべるのは、自分を納得させたいからじゃないか」
「……ムカつく」
「ん」
「せーしろのそーゆーとこ。ヒトを見透かしたつもり?」
「ごめん」
「……簡単に認めるんスか」
「違う。別にエレナを不快にするつもりはなかった」
ベンチから立ち上がると、暖まった尻をさっそく冷気が引っぺがしにかかる。
「行くぞ」
「……どこへ」
聞きながら、エレナも立ち上がる。
いまから行けば間に合う。
会って後悔するなら、もう会わなければいい。
が、会わなかったことの後悔は、覆らない。
それでも会わない決断をするなら、それもいいだろうが。
迷っているなら、ここで座っているより、歩いたほうがいいんじゃないか。
そんなことをせーしろは言って。
駅まで付き合うっつって、歩きだした。
別にあたしは納得はしなかったけど、同じ方に歩き出した。
まあ、別に、会わなくていいとは思ってねーし。
なんつうか、ただ。
何でもひとりでやんのが、ちょっとつれーな、ってくらいだったのかも。
いつのまにか、雪がすげー濃くなってる。
風も出てきた。
これ、吹雪になんじゃねーの。
いつのまにか、あたしとせーしろは、肩がひっつく距離で、並んで歩いている。
靴が雪をかき分け出す。
寒い。髪がぐっちゃぐちゃになる。
やっぱやめね? せーしろ。
だけどせーしろの足には、迷いがない。
「エレナ」
「ん」
「言わなきゃいけないことがある」
イキナリ、せーしろはそう言って。
そんで、なんか、ヘンなことを言いだした。
マコがあーなったのは、自分のせいかもしれないって。
言うつもりはなかった。
言う必要もないと思っていた。
たとえエレナとの関係がどうなろうとも、このことを言う必要はない。
言ってもどうにもならないし、僕の行為が実際の結末にどれだけ寄与しているかも分からない。
それで言うのはただの自己満足に過ぎない。
……この言い分が自己弁護に過ぎない可能性は知りつつも、僕は言わないことを選択していた。
それでも僕が言ったのは。
エレナに選択と決断を求めた以上、僕もそれをすべきだと思ったからだろうか。
あるいはエレナに関する命題を全て片付けてしまいたいからか。
どうにせよ、自己本位な事情であることに違いはなかった。
「話は分かったッスけど」
「それで、どう思った」
「べつに。マコやあっしがやったマチガイに比べたら、せーしろの間違いは、ちょい別じゃん」
「別か?」
「包丁買って置いといたら他人に拾われて殺されたとか、そんな話っしょ」
「それでも、包丁が無ければ死ななかったかもしれない」
「刺した奴のほうが万倍悪いんスよ」
「そうか」
「それ、ずっと思ってたんスか」
「キモいか」
「キモい。でも、ごめん」
「なんで謝る」
「あっしがバカなことしなきゃ、せーしろが苦しむこともなかったっしょ」
「……さっきと逆だな」
「そーッスね。結局、自分がやったことは自分で持ち続けるしかねーのかも」
「いや、僕はこうして伝え、エレナにそう言ってもらえたことで、多分気が楽になってしまった」
「いーじゃん」
「エレナの側に得がないのがな」
「リチ気ッスね。誰だって勝手に他人にどーこーして満足してんじゃね」
「エレナとは互恵関係でありたい」
「それ、どーゆー意味ッスか」
「力になりたい」
「くひゃは」
「ん」
「なんか、せーしろらしくねーセリフ」
「寒すぎるんだ」
「んじゃさ、手ぇ出してよ。あっしも寒い」
「望むところだ」
「そんで、半歩先歩いて。わりーけど、まだ、迷ってっから」
「よかろ」
「若干、恋人みたいじゃね?」
「光栄だな」
「デンシャ、止まってんじゃん」
志加多駅の、吹きっ晒しの改札前。
「そうだな」
もうめっちゃ吹雪いてるなか、顔色ひとつ変えないせーしろが言った。
「ごめん」
「謝るべきは、無理に手を引いた僕じゃないか?」
「そー仕向けたのは、あっしかもだし」
「面会に行く気にはなったか」
「そッスね。ま、年内は無理だし、ネンガでも書くッスかねー」
「いい考えだな」
「だしょ」
奥歯カチカチ鳴らして、そんなこと言いながら。
あたしらはずっと、互いの手を握ってた。
そうでないと、また何か、どうしたらいいかわかんなくなりそうで。
心細くなりそうで。
せーしろはどうか知らねーけど、あたしはそう思って。
それでも、ずっと立ってるわけにもいかなくて。
「で、どーしよ」
「参った。電車が止まったら足がない」
そっか。せーしろ、デンシャ組だしな。
「ウチ、近いけど、寄る? さみーし」
そんなこと、いつもだったら、言わなかったと思う。
「正直助かるが……帰れなくなるんじゃないか、これ」
「寝る場所くらいは、あるッスよ」
なんで、そんなん言ってんスかね、あたし。
「色々アウトだろう」
「セーフっすよ。今日はまだ、イブイブなんスから」
「……明日だったら、アウトなのか?」
「アウトじゃね?」
だって、
そんなもん、恋人みてーだし。
「僕は、構わないが」
「……ジョーダン」
「そうでもない」
「そーは言っても、あんなん聞いたあとにそれ、どーゆーコト?」
「理屈なんてないけど、僕はお前が好きだ」
「……」
「……」
「さみーよ」
「そうだな」
「明日のことは、保留で」
「うん」
「ウチ行こ」
「近いって、すぐか?」
「あの公園の横ッス」
「30分くらいあるじゃないか」
「まー、いいんじゃね」
「いいけどな」
「……あんさ」
「ああ」
「まあ、明日のことはおいといて、」
「うん」
「年明け、もいっかい面会いくかもしんねーかなって。したら、その、途中まででいいからさ」
「付き添おう」
「……へへ」
「まかせろ」
「あー、耳もげそう」
「帽子かぶるか」
「くれッス」
びゅうびゅう言う吹雪のなか。
そのままあたしらは、自分のクチと気持ちにフタをして、元来た道を歩きはじめる。
親父のことも。
マコのことも。
せーしろの気持ちのことも。
とにかくもう、さみーから、
温かさを求めて、汗っぽくなった手を強く握り返して、
全部いいってことにして、黙って、歩いた。
《了》
May a very merry Christmas come to them.