「世界観」について

amphibianです きょう会社行事で業務時間がアレなので書き殴ります

辞書的な意味はまずこちらでご確認ください

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われわれ架空世界に遊ぶものにとり「世界観」は「舞台世界のバックボーンを開設したデータベース」という言葉にほぼ等しいですが 字面からみても もともとの意味は「世界の観方」であろうと思います

これについて考えていることを若干創作論的に踏み込みつつなにかかきます

世界観→レンズ

我々は認知情報のかなりの部分を視覚に依存しているのと字面の相性がいいので視覚にたとえて説明するのがよさそうです
世界観は世界を通してみるためのレンズです
レンズには色々な種類があり レンズ選択により世界の見え方がかわります

世界観→(歪んだ)レンズ

レンズというものは光の屈折によって結像させるものでしょう
つまり歪んでいます レンズであることと歪んでいることとはたぶん不可分です

世界観→(剃刀のような)レンズ

この辺から独自見解色が強くなります
オッカムの剃刀」のたとえにならったものです
amphibianはカメラをやらないのでアレですが レンズを選ぶのは被写体に対してベストな見え方を選ぶためだと認識しています
それはつまり レンズを通して何らかの情報の取捨選択を行っているということでしょう 見せたいものを強調し 見せたくないものを捨てている
(幅広く一様に撮るやりかたもあるはずですが それはそれでフォーカス性・集中性みたいなものを捨てているとかんがえる)

世界観≒バイアス≒先入観→レンズ

ここまでをふまえると世界観とは歪んだ視野で世界の情報をとらえるレンズであり バイアスとか先入観とよばれているものとほぼ同義だと思っています

混沌世界→レンズ→美しい世界

世界は混沌だと思っています
もう少し丁寧にいうと世界はとても複雑で一人の人間の頭が一生あるいはその何倍もの時間をかけても理解できるようなものではない
「世界は混沌だ」は「自分は無知だ」くらい基本にして困難な立脚点ではないか
それはともかく
「世界は●●だ」というような 複雑なものを独断し単純明快にしてくれる言説というものは世にあふれています
これは複雑すぎる世界をガチで目の当たりにすると人間はくるってしまうからだと思っています
人間は意図的に視野を狭くし情報量を限っていくことで気分よく脳を働かせられます
だいたいつながったかと思いますが これこそが世界観というレンズをはめる行為だ と思っています
より単純明快で より斬新で より真実に近そうな世界観というものは 日々いろんな人が開発をこころみては 世に流布しています

世界観→(神を僭称するものの)眼球のレンズ

かっこいいこといった
神を僭称するものとは作家のことです
作家は神といいますがもちろん超越者絶対者ではありません 脳の容量も性能も一般人と同じかその前後くらいに限られていると思います
あぶらむし
超越者絶対者でない人間が作品という何らかの世界を構築しようとする
この冒涜的な行動は当然ながら人脳にとって過負荷なので「情報を削ぎ落すレンズ」である世界観を逆用し「情報が(著しく)そぎ落とされた世界」を構築することとなります
その結果その世界は混沌ではなく その作家が見ている世界の虚像 あるいはその作家が想像する世界の幻像として 描写されることになります

世界観→アトリエにあるべきレンズ(創作の基本にして最も精巧なツール)

データベース的意味合いの世界観をもつことも便利ではありますが
レンズ的意味合いの世界観をもつことは 作家生命にかかわる重大事ではないかとおもいます
そのレンズには作家がこれまで観てきた世界の様相が如実に刻まれています
人間とはなにか
自然とはなにか
文化とはなにか
政治とはなにか
善悪とはなにか
愛憎とはなにか
賢愚とはなにか
生死とはなにか
そういった複雑怪奇混沌窮まる事象について美しい単純化を果たすことに成功すれば その像を描いて他人に見せることは明確に筋道立った作業となりますし 出来上がった像は見栄えよくなっていることでしょう
それがなければ 「よくわからないから適当に描こう」「よくわからないから人の言うように描こう」「よくわからないからじっくり考えて描こう……」みたいになり ぼんやりした像 パクったような像 ぐちゃぐちゃに考えあぐねた像になってしまうでしょう

世界観→(成功により磨かれる)レンズ

世界観というものは磨かれるものだと思います
磨くものは知性である といいたいところですが 多分それにかぎりません
たぶん世界観というレンズを磨くのは「成功体験」です
これはいわゆる功を成しヤッターというケースが重要なパートをしめますが「世界ってこういうものでは? → あ、やっぱりそうだった」という判定の成功も含むと思います
要するに人生を通して世界観は磨かれるということです
例えばすごく勉強のできる頭の良い人であっても その頭の良さを世界の複雑さに向けず 単に「勉強のできる人が有利なルート」をずんずん進んでいったならば その人の世界観は「世界とは勉強のできる頭のいい人が成功するばしょ」みたいな世界観しかもたないでしょう 一方で 勉強ができずうまくいかなかったひとが 「自分がうまくいかなかったのは勉強ができなかったからだ」という先入観にとらわれつづければ さっきの人とまったく同じ(それでいて経緯や構造は正反対の)世界観をもつことになるでしょう
おおむね多くの人は そこまで明瞭な世界観はもたずに生きていると思います
一方で 師や宗教の教示を信じて成功体験を重ねたひとや きわめて独特な体験をサバイブした人や 何らかの独自の論点を究めて考えた人は 何らかの研磨のすすんだ世界観を有しているかもしれません

世界観→(作家は磨くべき?)レンズ

最近おもいついたこととして 作家にとって世界観の研磨は大事ではないか ということがあります さっきも言ったように 生産性と審美性 あるいは作家性とよばれるもの すべてに影響があるからです
作家をこころざすと作家性みたいなのはもちたくなります 自分にも経験があります そういうときだいたい「奇をてらう」ことを目指しがちですが そうではないんだろうなと思います
必要なのは「きちんと磨かれたレンズ」で その磨き方というのは良くも悪くもその人の人生環境や頭脳によって決まってくるものかと思います とはいえもちろん学問選択や主義の選択によって大きく変わり得るものでもあります
すなわち 自分が立っている世界が「混沌の世界」であることへの気づきと それを削ぎ落す必要性の実感 そして試行錯誤 思考あるいは実践による成功体験の蓄積とレンズの研磨です

そんな七面倒なことをしなくても磨かれたレンズを持っているひとはいっぱいいますが ただ ときどき困ったことになるとも思います

世界観→あくまで(歪んだ)レンズ

けっきょくそれは虚像なのです
(※レンズの話題なのに実像虚像の用語を不用意に使ってる気がしますがご勘弁ください)
実の世界は混沌のままで 世界観は都合のいい(悪い)ところを抜き出して見せてくれるにすぎません
しかし人間は視界にあまりに依存しているので そのレンズをかけっぱなしにしていることでそれが真の姿だと錯覚してしまいかねません
「混沌の世界」はけっこう危険でそこらじゅうにデストラップとか人食い触手とかが生えているのですが レンズごしのきれいな世界ではそういうものは見えなかったりするのでよくないですし 逆に殺伐とみがかれたレンズ越しにはデストラップとか人食い触手しかない世界に見えているかもしれないので きれいなものや和むものはいっさいない地獄でしんどいという問題があります

このレンズ 作家だけではなく ハードな思考や決断を求められる職種の人もかなり依存しているとおもっていて 代表的なのは経営者さんです
組織を経営し部下を食わせるというのはもうやばいくらい凶悪なストレスで にも拘らず経済の世界・人間関係の世界というものはやはり混沌が窮まっているわけです 故に彼らは滅茶苦茶薄くシャープに磨かれたレンズでズバズバ情報を切り落として駆け抜けて生きているように見えます しかし虚像を実像と見間違えて大事故にあいレンズがぶち割れてしまったり 磨きすぎたいびつなレンズで明後日のほうに走っていってしまう人もいると思います
あぶないので 気を付けたほうがいいです

じっさい 世界観めちゃめちゃ削ると生きやすい(考えなくていいから)と思いますが 幸せとは限らず 上述したみたいにクソきつい世界を見続けて常にしんどくなる可能性もありますし よしんば幸せになったとしてそれは混沌の世界の真相とは無関係なので砂上の楼閣かもしれません
テレビでもネットでも「140文字で分かるレンズの磨き方」みたいなのがあふれてるとおもいますが みなさまお気をつけください

世界観→レンズを使いこなすには

まず世界は混沌であって 世界観はレンズであって 世界観を通して見える世界は実像ではないと理解することだとおもいます
さらに 「他にも世界観がある」ことを知ること まずは知識だけでもよく ゆくゆくは他の世界観もふかく理解し 混沌への認識をたもち 自分の世界観を過信しない状況をつくること 「世界観のレンズをつけかえる」ことは相当難しいと思いますが そのフリくらいはできるようになるとよいのかもしれません

そこまで知れば 自分のレンズを 危険なくらい薄く鋭く研磨しすぎることはないだろうと思いますが そのうえで「これくらいなら研磨していいだろう」「おれはこれくらい・こんなかんじで削ったうえで見える世界が好ましくおもう」という塩梅を模索すること

このへんが 重要かつ この件のまとめとして 今考えていることです

面倒くさいですし 自分もぜんぜんできてないので ぜひいっしょにくるしみましょう
たのしもう 混沌苦界のサバイバル
以上です あ すみません告知です

RLノベル4巻の書影が出ました

表題のとおり ノベル版レイジングループのブックカバーデザインがでました
公式ページも更新してあるのでよければ見てみてください

糸にがんじがらめになった李花子さんは官能的ですが ふかい含意もあります
最速発売日は7/12だそうです いっそう霧が濃くなってきました みなさま足元にお気をつけて発売をお待ちください

それでは

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  1. AAA 2019.07.10 2:34pm

    色即是空 空即是色
    受想行識 亦復如是
    舎利子
    是諸方空相

    般若心経も、世界とは実体のない『空』であると説いてますね。世界は人により、見方により異なった姿であり、実際にそう『在る』のではなく、それは見ている者が作り出した虚像なのだと。
    自分の視点に固執しないように、視野を広く持ちたいなぁと思います。難しいですけど。

  2. せん 2019.07.03 1:57am

    李花子さんお美しい…! 発売楽しみにしていまいます!

    世界観の重要性、大変ためになりました。
    据えるテーマそのものに気を取られがちでしたが、テーマを分析・表現する視点によって、いかようにも表現は変わるのだと気づかされました。あくまで主観というレンズを通して物事を考えているのだということを忘れず、自分の世界観を模索していきたいと思います。

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