きょうのADVチーム/いろいろ

amphibianです
先週 正義と悪について を書いたところリアルや内外ふくめ反響いただきました
コメントでもご指摘いただいたとおり 実際こういう観点すら無常のものということは常に考えていかねばなりませんね
また冷笑的というコメントもいただいたのですが これはそのようにとらえられたとすれば反省し慎むべきものと思いました
言論にしろ運動にしろ経済活動にしろ 他人より優位に立ってそれを表明し悦に入るというのはこの世でもっともみにくい類の行為であって 人類の進歩の足をひっぱっている性質でもあると思います とりのぞくのは自分は無理そうですが せめて隠さねばと思っています
何かしらの考えを表明するということは おれは他人とは違うんだぜ凄いだろう という マウンティングに見えてしまう(事実そうかもしれない)ということはあるかもしれませんので すごく難しいことですね
なお陽明はマウンティング大好きなのでふつうにクソ野郎だとおもいます

ところで 一般的には多くの人が「これは何の疑いもなく善悪を断じるべきものだ」というものを備えていて それがいわゆるRL小説版における「神」だと思っており これが「まったくない」人間って かなり問題があるというか かなり多数の人から「悪」と断じられておかしくないと思っています
一神教世界において無神論者がときに恐怖されるってそういうことだと思いますし 日本人もそれに代わる何かはしっかり持ってると思いますし
そうゆうのが書きたかったのです多分
後からまとまってくるパターンですねコレ
次の作品ではそこは焦点にならないと思うので いつか機会があったときのために温めておきましょう

次の作品では何を焦点に据えるか?
いまのところ 「自分とはなにか?」みたいなアイデンティティの問題とか
その結果生じる恐怖とか そういったもので
伝奇においては結構大事なやつでありながら前回やりそこねてたところです
大変そうですが書くのが楽しみでもあります

安らかに思索と創作にひたりたい
そんなことを思いつつも いまは忙しい日々を送っております

それでは

関連記事

  1. 2018.08.10

    #ADVRADIO Vol.8
  1. rubaiyat 2020.01.31 12:55pm

     前回の正義と悪についての考えは、前世紀前半のハンガリー人経済人類学者であるカール・ポランニーという人が、類似したことを論じていますね。
     ポランニーの場合、「悪」に対するアレルギー反応が高まり「世直し」的な社会変動が起きる条件として、「流動性」に着目しています。特に、土地・労働・貨幣それ自体の商品化は、社会の流動性(不安定性)を著しく高め、多くの人が「付いていけない」と感じ、ルールや価値基準のシンプル化を求めると。ただし、シンプル化ののちは、個々人の欲求に従って再び流動性の増大(多様な可能性の探索)が始まると。エントロピーと似てますね。
     前回の論とそれへの反応の一連の流れ自体が、「正義と悪」について論じられたことの、具現化だなあと、面白く感じました。
     ただ、文芸創作の場合は、政治家とかとは違いますから、人と違うことを言って(面白い視点を投げかけて)こそナンボと思いますけど…

HTMLタグはご利用いただけません。


※コメントは承認されるまで表示されません。ご了承ください。
投稿前に『サイトポリシー』もご確認ください