ホラーゲームに関する5つの章題

5horrostories

こんばんは amphibianです
13日の金曜日ですねー
以前「クリスマスが日曜日になる確率」を うるう年とかも加味しつつとても小難しく計算した結果 「1/7」といううんこみたいに自明な答えが得られて じぶんの数学適正のなさを実感したことがあります
それでいえば毎月の13日が金曜日になる確率も1/7なわけで 年に1回や2回あるはずの さして珍しくもないできごとなわけですが やっぱりちょっと特別感ありますよね そわそわしますね

そんなわけで ホラーに関するおはなしをします 前のときはこんなかんじで とても散漫だったので もうすこしまとまりを出すべく 「ホラー」について考えていることを5つ挙げてみようかと思います
5つなのは たまたまよみびと先生が5本指を立ててたからで 別にふだんからホラーの核心について5つ考えてるとかではなく したがって今からひねくりだします ギャー

1.「ホラーゲーム」には2種類ある

はいー 「世の中には2種類のものしかない Aと NOT Aだ」的な自明の話がきますよー

ホラーゲーム好きなんです と人がいってきたとき どういうゲームがイメージに浮かびますか?
ゲームいっぱいやる方なら わりと共通して ざっくり2通り思いつくんじゃないかと思うんです

・「バイオハザード」とか「零」とか 最近だと「サイコブレイク」みたいな アクション要素があるやつ
・「かまいたちの夜」とか 「ひぐらしのなく頃に」とかいった 読む・見るといった体験が主体のやつ

ジャンルで区切ってしまうとかんたんだし 実はだいたいそれと同じなんですが 両生類はもう少し踏み込んでみました
すなわち
「ホラーを『障害』として運用するゲーム」それ以外」です

非常に多くのゲームにおいて ホラーな対象が自分を攻撃してくるのでそれを回避したり反撃したりすることがテーマになります それらは基本的にはゲームクリアに向けた行程の『障害』として作用します

「そんなんADVも含めたほとんどのホラーゲームで同じじゃないか! ホラーならだいたいホラー的存在にやられてゲームオーバーになることはあるじゃないか! みそしるをよこせ!」という声があるかもしれませんが 少なくともうちのノベルADVでは バッドエンドによるゲームオーバーはトゥルーエンドへの道を阻むための障害としてデザインをしていません
バッドエンドは ユーザ側に(たとえ愚かな選択であっても)自分で決定したのだという体験を与えることで ゲーム内の因果に納得し 没入感を強化してくれる効果があるように思います
また 主人公が死んだり ゲームが続行不能になるレベルの悲劇惨劇が発生したりして それを一つの結末とすることで それ以外では描けない恐怖やカタルシスを描くこともできます
どこまでできているかは別として バッドエンドはそれ自体が魅力的になれるし そうあるべき と思います

しかし 『障害』として立ちはだかったホラーは 時としてその魅力を自ら失わせてしまいます

2.ホラーを「攻略させる」ことには深刻な矛盾がある

前回言ったことと似てるようで違うこと言いまーす

ゲーム上の『障害』としてホラー要素を設置するということは ゲーム的に『障害』を『攻略』させようという設計思想であることを意味します
提示された攻略方法を巡って頭と指を働かせることは 攻略要素のあるゲームにおいて中核ともいえます
そして 攻略には 試行錯誤反復がかならずついて回ります

ところが 試行錯誤と反復はホラーの大敵です
なぜなら恐怖には遅かれ早かれ慣れてしまいます
というか 試行錯誤と反復による攻略は 慣れることで障害を乗り越えることを目指した活動なわけです
どんなに恐ろしく造形された怪物でも どんなに周到に用意された恐怖演出も 慣れてしまえば単なる障害物
せっかくのホラー体験は色褪せ 作中で恐怖の渦中にいる主人公の気持ちとはうらはらに 「とっとと先行かせろやボケ」とうなりつづけるプレイヤーが爆誕することになります 3Dゲーやってる両生類のことです さめざめ

『ホラーに立ち向かう体験』を ある程度までリアルなものとして味わわせることのできる『障害』ですが それをうまく運用するには 究極的には「全身全霊をつくした結果ギリギリ生き残れる」という体験をゲームオーバーまで続けさせるしかないと思うのですが 実現不可能ですよね
いくら多くの難易度を設定しようが合わないときは合わないですし バレないように手加減するとかも非現実的ですし
なによりも 簡単ならいいってわけではなく プレイヤーが作中人物と同じようにパニックに陥りながらその辺の棒とかでゾンビを必死に殴打し続け結果ぎりぎり生き残れる みたいな体験を生み出すというのが 究極的な完成形じゃないかなとおもいます
ホラー系のアクションってあんまりそっち方面に進化してっていないようで 個人的には残念です ガチで恐怖しながらあがきのたうちまわる体験をしたいんですが……
え? そんなの両生類だけの特殊性癖ですって? ……そうなんですか?

3.そもそもホラーに何を求めているのか

実はこれ かなり人によって違っているんだと思うのですよね

・純粋に恐怖したい 恐怖というストレス体験を快感として需要し楽しみたい
・恐怖の果てに待ち受ける謎や真実を見たい
・恐怖というわかりやすい体験を誰かと共有したい(実況とかで)
・恐ろしい存在に勇ましく立ち向かいたい 叩きのめしたい
・ホラーゲームに付随するダークなバックストーリーや設定、アート、音楽、雰囲気が好きだ
・ホラーゲームの描く舞台世界に没入したい
・作中でひどい目にあうヒロインをみるのがすきだ
・ホラーゲームで恐怖し怯えているかわいいおんなのこをみるのがすきだ

ざっと思いつくままにあげてみましたが このうち「恐怖」じたいを求めているのは実は最初の1つだけで ほかのやつは恐怖をダシにして別の体験を得ようとしていたり 恐怖を成立させるために付随しているものや 『障害』に挑ませ続ける虚しさ・苦痛を和らげモチベーションを維持するために設置されているものに 魅力を覚えているわけなんですよね

それはそれでいいんですが そういった点でなんとなくゲームとして満足させられてしまうから ホラーが単なる『障害』として扱われてしまい 結果プレイしおわってみるとあんまり怖くなかったなー とかになってしまう気がするんです 両生類はいちホラーファンとしてそれがとても残念です

4.どうホラーを運用するとおもしろいか

ホラーに抵抗するのはいいとして 抵抗した結果失敗しゲームの進行が阻まれてしまい 試行錯誤の罠にはまってしまうのを避けるため どんなことが考えられるのでしょうか

ひとつは 操作を簡単に、行動を直観的にしつつタイミングをシビアにすること
例えば化け物が奥から迫ってくる数秒の間にボタン連打でドアを閉めるとかです
平たく言えばパニックになりながら楽しめるゲームにすべきということです
化け物が出てきたときに適切な武器を選択して構えて距離をとりつつ弱点を狙って攻撃するとかは 恐怖に慣れてパニックを振り払い冷静にならなければムリですし それを実現できるのは怖さがなくなってからでしょう
恐怖というホットな感情が覚めないうちにその点を通過させる その刹那の感覚をあじわいたい
こういうの VRデバイスに可能性をかんじます ひたすら手を振り回して暴れる操作とかできそう

もうひとつは 抵抗に失敗したときにゲームがおわらないこと
ゲームが先に進めなくなるならストレスでしょうが 失敗したら別ルートにいくというなら話は別のはず
いわば恐怖を障害物ではなく選択肢として運用するということになろうかと思います
ただ これは単品では成立しなくて おそらく以下のものが抱き合わせで必要かとおもいます
・失敗を繰り返してもそれなりに満足のいく結末が得られる(ただ悲惨なだけのバッドエンドではない)
・「全部の結末を見ないと満足いかない」つくりでない(アルバム埋め前提や、しょうもないエンドが混ざっているなど)
・失敗の代償はきちんと与えられる(クリアじたいは報われる)

究極的にはどんなルートでも最後まで遊んで十分な満足感を与えられるようなものが最強だとおもいます
ただ死ぬほど作るのむずかしそうですが

5.そんなホラーゲームに出会いたい

じつは両生類はあんまりプライベートでノベルゲーとかをやらないです 読むのはもっぱら本と漫画がおおいです
ゲームは主にSteam上でてにいれています ホラーをみつけると喜々として入手するのですが 数が多いとはいえないですし 遊んでみると結局試行錯誤で怖くなくなるケースが多々あります
トリプルAタイトルとかだと ターゲットがお金持ってるコアゲーマーだったりするから どうしてもゲーム性アクション性戦略性とかが重視されて 恐怖への原始的な抵抗とかにはつながらなくなる まあ当然だろうとは思うんですけどね
それでもインディータイトルを中心にしばしば毛色の変わった意欲作がでてくるマーケットなので 日々めをひからせているのです

amphibianはかなり影響されやすいほうだとおもうので よい体験をすればするほど 作るものもよくなると思います
いずれもっともっと恐ろしいシナリオをかくために より良い恐怖体験がほしい
もしいいタイトルの情報があれば Twitterででもぜひ 教えてくださいね
け けっして ただあそびたいだけってわけじゃあ ナイデスヨ!


そんなわけで5つ埋めてみましたが 実は途中で話があらぬ方向に進み始め あなたの部屋の暗闇にひそむ手負いのマウンテンゴリラのリスクについての話になったあたりで あわてて無難な方向に軌道修正したのが上記テキストになります
他にも具体的なタイトルをあげての映画やゲームの話とかもしたかったんですが これはまた別の機会にしましょう
13日の金曜日はホラーの話題というのを定番にしたいですね amphibianが好きだからですが 需要があるかは知らぬ

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  1. 匿名 2018.04.05 9:36am

    そういえば来週は13日の金曜日ですね

  2. 匿名 2018.04.05 9:22am

    ちなみに先程までに書いた事は恐怖の骨格の部分で、”ホラー”の要素といったらもうちょっとその先の要素を指すと思います

    話がそれるのでまたの機会にでも・・・

  3. 匿名 2018.04.05 7:40am

    要するに恐怖の対象は乗り越えちゃいけないって事ですね
    依然としてどっしり天井をふさいでる

    それが克服できるとしたらそれはエンディングの時だけ
    それ以外はずっとがっちり押さえつけて来る存在
    そう作れてさえいれば恐怖は際限なく上がるものだと思います

    恐怖を感じるかどうかは突き詰めると超えられるか超えられないかなので
    ぎりぎり超えられようと余裕で超えられようと超えられると分かった時点で恐怖は消えて
    後は難易度

    恐怖度を上げたかったら
    恐怖の対象でがっちりと栓をする事
    それががっちりしているかどうかをゲームで立証するには、足掻ける幅を広げる事
    どんなに抵抗してもその栓は動かない
    どんなに助かろうとしても逃れられない
    それを実践する

    助かろうとすればする程、それができなければ、恐怖度はどんどん上がるものです
    助かろうとしなければ恐怖は得られない、助かろうとさえすれば助かる見込みが持てても恐怖は得られない

  4. 匿名 2018.04.05 7:07am

    >恐怖には遅かれ早かれ慣れてしまいます
    ちなみにもし本当に恐怖を感じているのなら恐怖には慣れません
    絶対に

    考えてみて下さい
    自分が怖いと思っているものに慣れるってありえますか?

    物凄い怖い先生がいたとします
    今日は学校を休もう
    次の日
    やっぱり休もう
    その次の日
    やっぱり休もう

    怖いと思っていたら永遠に慣れる事はないと思います

    書かれているのは慣れるではなくて、克服ではないでしょうか?
    自分が大変な目に合うかもしれないと思っていたもの、それは実際体験してみて実はいう程たいしたものじゃなかったよ、と
    何回か殺されたけどいざ体験してみたらこんなもんだったよ、と

    恐怖っていうのは、これから降りかかる危害等を警戒している状態
    その危害を発しているものが存在し続ける限り決して消えないもの

    その危害が来ると思っていたもの自体が実は思い過ごしで大したものじゃなかったよ
    となったら恐怖心を抱く必要はない訳ですね
    案ずるより~ね

    逆に言えば、きちんと身のある恐怖の対象を据えておけば
    ずっと怖いままな訳ですね

  5. 匿名 2018.04.05 6:26am

    『障害』として運用するゲームはホラーゲームになっていないと思いますよ
    どっちかというとホラーとして作ろうとしたけど失敗してホラーふうゲームになったゲーム

    作る側も見る側も視点が間違えている気がします

    例えば恐怖の対象物をゾンビ1体1体そのものとしてみると・・・
    ゾンビを倒し攻略する内容のゲームで、ゾンビはただのハードルにしかならない訳ですけど
    ゾンビを恐怖の対象にしたい作者は如何にゾンビが恐ろしいかばかりに着目して敵のゾンビを恐ろしい存在に仕立てようとする
    けどそのゾンビはただのハードルで超えるだけの存在
    だから怖い訳がないのです

    でもちょっと視点を変えてみます
    今置かれている恐怖を発している問題は、『ゾンビのいる館に閉じ込められていて出れない事だ』
    にした場合、ゾンビはどんなに倒しても問題点は依然として超えられていない訳です
    どんなにゾンビを倒してもその館から出れなければただ朽ち果てる未来しか訪れない
    そのまんま部屋で隠れたまんま朽ち果てるか、ゾンビに殺されるか
    だから恐怖はどんなにゾンビをやっつけてもゾンビのいる館からの帰還へ何の影響も与えられなければ消えない事になりますね?

    見てる場所がおかしいのですよ
    乗り越える対象のハードルの方をただ倒されるだけなのに着飾る
    けど中身はただルートを直進すればいずれ助かる前提にいる

    見るべき場所は『主人公はどうして助からないか?』の部分のはず
    何故助からないのか?を練ればちゃんと怖いゲームになりますよ

    ゾンビのいる館から出られず朽ち果てるしかないから怖いんだ
    ・どの出口から出ようと試みても行き止まるか、怪物がいて食い殺されて殺される
    ・どこに行ってもゾンビがいて”通れない”(”ゾンビを倒して進め”じゃない)
    どうやってもここから出られない
    だから怖いんだ

    ただそれだと先に進めないのでたった一点だけ穴を開けます
    銃を手に入れた場合のみ銃の消費と引き換えにゾンビ一体をやっつけられる

    ゾンビや怪物がいかに高性能か、いかに恐ろしいか、に着目した開発者のゲームは
    それはただのハードルなので、どんなに脅しても脅しどまりにしかならないのです
    主人公をこの場所にとどめて朽ち果てさせるだけの説得力を微塵も持っていませんから

    要するにホラーとは『デフォルトは殺されてしまう状態』にしておかなければいけないのです
    どうやったらそのデフォルトを回避し助かる、または解決できる結末にたどり着けるのか?
    それが本題です

    それをルート通りにたどりさえすれば助かる(なるようになる)デフォルトで出て来る怪物で小手先だけで脅すだけで作る問題です
    誰もプレイヤーを助からないと感じさせるだけの説得力を持っていません
    進みさえすれば助かるシナリオ、超える前提の敵
    その後する事は難易度の調整
    こんな感じじゃないですかね?

    大事なのはこのまま行ったら助からないぞ
    永遠に抜け出せないぞ
    の現実味

    何も考えずにいたら訪れるのは最悪の結末

    それとホラー作品における『純粋に恐怖したい、恐怖というストレス体験を快感として需要し楽しみたい』と『恐怖の果てに待ち受ける謎や真実を見たい』は同義だと思いますよ
    『絶対に助からない思い』と『その思いからの解放』はセットだと思います
    『どうしても助かりたい』という思いが『もし助からなかったらどうしよう』という気持ちを産みます
    逆に言えば自分は死んでもいいんだと思っている人にはどんなに殺そうとしても何の恐怖も感じないと思います
    要するに『どうやっても助からないから怖い』は裏を返せば、『どうやっても助からない状態に陥らせている謎を解きたい』
    です
    その思いが強ければ強い程、そしてどんなにやろうとしてもそれができなければできない程、怖いのです

    それと一般的に言う『抵抗できない主人公のが怖い』も間違い
    『めいいっぱい抵抗出来て、でもどんなに抵抗しても成功しないから怖い』です

  6. あさなぎ 2016.05.16 11:45pm

    一、純粋に恐怖したい
    ってユーザーと
    二、恐怖を克服する体験をしたい
    ってユーザーがいて、両者の利害が対立してて、しかもホラーゲームのメインユーザーはもしかしたら二、の方なのかもなぁ、と思いましてん。

    二、の人にとっては、試行錯誤で恐怖が目減りすることこそがまさしく目的なのであって、
    怖さが目減りしないホラーゲームってのはこうした人たちにとっては、いつまでもたってもオープニングが終わらないアニメみたいな扱いになるのかな、と。

    最怖のホラーゲームとの評価があるsirenなんかも(そう簡単には慣れさせない為の工夫が随所にありつつも)結局の目的は、試行錯誤をして敵のパターンを把握して行動を最適化する事ですし。

    ホラーゲームを作っている人たちも、もしかしたら初めから「最終的に克服できる障害」として恐怖を設定しちゃってる人が多くて、
    それが、プレイし終わっても怖いホラーゲームがなかなか出ない理由なのかもな、と思った次第です、はい。

  7. 2016.05.14 12:04pm

    今回のお話、すごくクリーンヒットでした
    純粋なホラーゲーム、憧れるなぁ、、と思いながら某ゲームのズタズタな死体のイメージ画像が脳裏に浮かんだり(アレ本当によくできてる絵だと思います、抽象的かつ具体的で何パターンもあって)
    それでいてうんこみたいな計算とうんこみたいな話のズレ方、、好きです、、、

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